数学とか競プロとかイギリスとか

EGMO 2025 参加記

ヨーロッパ女子数学オリンピック(EGMO)2025コソボ大会にイギリス代表として出場しましたので、その参加記です。

試験の話はしていますが、問題内容についての言及はありません。

 

 

なぜイギリス代表なのか

私は純ジャパで、イギリスの高校生です。イギリス代表になれる理由と、日本代表になれない理由があります。

イギリス代表になるには、イギリスの国籍を持っているか、大学入学までにイギリスの高等学校で3年学ぶ(予定である)という条件があります。私は2021年の9月からイギリスの学校で学生をしているので、この条件に合います。

日本代表になるには、11月のEGMO予選に参加する必要があります*1。しかし日程が完全に学期中なのでこのためだけの帰国は難しく、日本代表にはなれません。

 

イギリスの数学オリンピックBMO

軽くイギリス国内の数オリについて説明します。

まずSenior Math Challenge(SMC)という25問選択式の予選があります(日本の予選よりだいぶ簡単です)。次にSMCの成績上位者1000名ほどが、BMO Round 1に参加します。こちらは3時間半6問の全記述式です。ここで上位20人になると、ハンガリーに年末年始の合宿に行くことができます。

そしてさらにBMO1の成績上位者100名ほどが、BMO Round 2に参加します。ここで上位24人になると、いわゆる春合宿に相当するものに招待され、ここから2日x2回の試験を経てIMOの代表が決まります。

EGMOの代表は、BMO1とBMO2の成績を総合し、特にBMO2の成績によって決められます。

というわけで、昨年まで二年間EGMOの補欠の一つ下(6番目)だった私が、このプロセスを経て今年ラストイヤーにして初めてEGMO代表になることができました。

 

Day -2 and less

実はEGMOの一週間と少し前から、六日間の春合宿がありました。今年はかなりスケジュールがキツキツで、EGMOと春合宿の間は2日しか空いておらず、ほぼ一続きのイベントのような感覚でした。

春合宿についてはあまりここで言える内容がないのですが、過去に参加記を書いています(2年前、初参加の時です)。

 

clara775.hatenablog.com

 

短くまとめると、6日間のうち4日間は1.5時間×4回の講義と夜のアクティビティ、残り2日はTST(Team Selection Test)がある構成で、講義は初参加か2回目以上かによって分かれています。

今回は参加が3回目だったこともあり、今まで以上についていけている感覚がありました。今まで二年間のTSTは解けた問題が一つもありませんでしたが、今年は運良くかなり上手く行きました。

その結果EGMOの一週間後のRegionalであるBalkan MOと、IMO代表を決めるIMO finalに進む9人に選んでいただくことができ、EGMOに向けて相当な自信になりました。

キャンプ場所のケンブリッジ大学Trinity College

Day -1

翌日唯一の直行便が朝早くだったので、空港近くのホテルでみんなで前泊しました。

夜7時ごろからレストランで食事をとって、UNK1と相部屋で宿泊しました(私はUNK3です)。飛行機が夜でも飛んでいて、その音でなかなか寝るのが難しかったです。。

Day 0

朝3時半起きからの4時集合という強行スケジュールをこなしました。辛かった...。

空港はLondon Luton Airportというところで、普通羽田から来るときに使うHeathrow空港よりも小さく、ヨーロッパ行きによく使う空港のようです。私はHeathrowからしか飛んだことがなかったので初めてだったのですが、午前4時なのに人でいっぱいで驚きました。

出発時、Luton空港の朝焼け

イギリスEGMOチームの伝統であるPRETでの朝ごはんを済ませた後、6時半くらいのフライトに搭乗し、3時間ほどでコソボプリシュティナ国際空港につきました。途中で窓からかなりの山が見えたのですが、Balkan Mountainというものが近くにあるのだとDeputy Leaderから知見を得ました。Deputyはとても物知りです。

 

プリシュティナ国際空港でイギリスチームはインタビューを受けました。後日見たら使われたインタビューはイギリスチームだけで横転

 

この日はArrivalだけなので、卓球をやるチームメイトとオーストラリアチームを眺めたり、日本チームに挨拶したり、仮眠して早起きの疲れを取ったりしました。ホテルが思ったよりだいぶ綺麗で部屋も広く、またまた相部屋のUNK1と一緒に喜びました。

 

食事はこの日含めてホテルでとることが多く、ビュッフェスタイルで種類多く取り揃えてあり、食べ物に困ることはありませんでした。特にクリームであえてあるお肉やパスタがかなり美味しかったです。ただ生野菜を避けようと決めていたので*2、かなり茶色い食事になりました。

 

肉かじゃがいもか米かパスタを食べて生活しました

 

また前回のEGOIの時と同様、blackyukiさんの参加記を参考に地図に参加者の名前を集める活動を行いました。

clara775.hatenablog.com

 

Day 1:開会式

この日はUNK1の誕生日で、イギリスチームみんなでお祝いしました。彼女はEGOIのインド代表で、去年のEGOIで誕生日だった私をサプライズで祝ってもらったご縁があるので、こうしてまた同じコンテストに出てお互いの誕生日を祝えるのはとても感慨深いものでした。

 

開会式の場所はバスで20分ほど行ったKlan Arenaというところで、式では伝統楽器(たぶんCiftelia?)と現代楽器のアンサンブルや、大臣のスピーチ、そして各国の紹介が行われました。私たちイギリスチームは、揃いのチームTシャツを着てマスコットを持って参加しましたが、他の国々は伝統衣装を着るなど個性豊かで見ているだけでもとても楽しかったです!

 

開会式会場で立食ビュッフェの昼食をとった後は自由時間でした。私はUNK2, UNK4とObserverと一緒に市内のツアーに出かけました。

ツアーでは、コソボセルビアとの戦争や独立を象徴するモニュメントのほか、市内が一望できる教会などを訪れました。特にNEWBORNのモニュメントは毎年独立記念日に新しいデザインに塗り替えているそうで、その発想がとても素敵だなあと感じました。



余談ですが、スイスの数学オリンピックチームが運営しているswiss.moというインスタグラムアカウントがあり、面白い数オリのミームなどがあげられています。このアカウントがEGMO2025のビンゴ企画をやっており、UNK1が血眼になってやっていました。この日にはほぼ揃っていた(すごい)

ミームはかなり面白いので皆さんもぜひ見てみてください!

 

Day 2:コンテスト1

ついにコンテスト1日目です。緊張して眠れるか不安でしたが、疲れていたのですんなり眠ることができました。会場は開会式と同じところで、席を全て撤収して試験会場にするようでした。

 

開会式・試験・閉会式の会場

 

ここでトラブルが発生!予定では8時半がコンテストの開始で、そのためにみんな会場へ概ね時間通りに集まっていたのですが、理由がわからないまま会場の前で1時間ほど待たなければいけませんでした。その後一チームずつ国コードのアルファベット順で入場して行きましたが、持ち物のセキュリティがあまりにも厳しく、UNKは最後から3番目なのでさらに30分くらい待ち、試験は1時間半か2時間くらい遅れてスタートしました。

他にも、時計が見えなかったり、お手洗いが1時間半待ちだったり(外で待っている時には誰もお手洗いに行けなかったので、それが原因の一つでした)、薬の持ち込みが許されなかった人がいたり、いろんなトラブルがあり選手は皆大変な思いをしました。

 

これは試験後に聞いた話ですが、我々イギリスチームのリーダーがP3の問題文にミスがあり、このままでは考えられていないコーナーケースがあることに気がつきました。その修正の議論、翻訳のやり直しなどが午前2時までかかったそうです。そして、問題文の印刷と再配布を朝から行った結果、試験開始が遅くなったそうです。

これに伴って、各国についてくださるガイドさんが設営を徹夜で行ったそうで、全員にとって大変な1日になりました。しかもガイドさんは高校生なので全員私と同い年か年下です。

 

さて、試験自体は概ねうまく行き、P1とP2の満点を書くことができました。この時点で2時間くらいは余っていましたが、P3をどう頑張ってもわからず、手も足も出ませんでした。この分野の力不足を切実に感じた瞬間でした。。。

 

試験後は自由時間でしたが、試験開始が遅れたためお昼ご飯の時点ですでに3時を過ぎており、あまり晩ごはんまでの時間はありませんでした。

晩御飯はスポンサーのCitadelがスペシャルディナーを用意しているとのことで、別の会場に行って豪華なビュッフェを楽しみました。後半になってくると、SETで盛り上がり始めたり、流れている音楽に乗ってみんな踊り始めたりなど、かなりのパーティー騒ぎになっており海外ノリを感じました。

 

ディナー会場

 

Day 3:コンテスト2

コンテスト2日目です。

この日素晴らしかったのは、前日に問題だった箇所がほぼ全て解決されていたことです。試験もほぼほぼ時間通りに始まりましたし、お手洗いの待ちもほぼなく、時計も全員から見えるようになっており、1日でこれだけ改善してくださった運営の皆さんにはとても感謝しています。

試験中は、P4から解き始めましたが何をパニックになったのか全く解くことができず、とりあえずP5が解けたので雑に答案を書きました。最後10分ほどでP4を解くことができ、慌てて震える手で答案を書き、書き終わった時には残り38秒でした。おかげで試験時間が終わった後も心拍がめちゃめちゃ速かったです。P6も見ましたが、手も足も出ずです。

 

試験後は1日目も2日目も、会場外のロビーで立食ビュッフェでした。試験後はあまり食事が胃に入りませんでした。。

 

2日目の後はJaneStreet Hubがありました。これはEGOIであったものとかなり似ており、ゲームやパズルのほか、ブレスレットなどを作れるコーナーもありました。私はUNK1とお揃いのブレスレットを作ったのですが、私のものが即壊れてしまいかなり悲しい思いをしました...泣

 

 

ブレスレットメイキングのコーナー

 

晩御飯はホテルの8階で食べているのですが、この日は花火をやっており、試験後の良い思い出になりました。

 

Day 4:エクスカーション

今日はエクスカーションの日ですが、団長団はcoordinationをやる日です。Coordinationとは何かというと、団長団が選手のスクリプトを仮採点したのち、coordinatorと議論しながら最終的な得点を決めるプロセスのことです。

 

私たち選手は隣町のPrizrenへ、バスで1時間半ほどかけて出かけました。まずは川沿いを歩いてCity squareへ。川沿いのお店やモスクっぽい建物がとても可愛い街並みでした!

City squareに行った後は、山をハイキングして山の上にあるプリズレン要塞へと向かいました。結構急な坂でしたが、あまり距離がなくそこまで疲れずに登ることができました。

坂の途中の時点からもうテラコッタの屋根が多い街並みが見えてとても美しかったです!要塞まで登ると景色が一際よく、EGMOの運営の方がドローンでみんなの写真を上から撮ったりしていました。

 

 

 

お昼ご飯の後は公園でみんなで遊びました。私は地図の名前をさらに集めたり、ニュージーランドチームでバレエをやっている選手たちと開脚したり、maoというゲームをやったりしました。自分でルールを学べ!とばかりにルールを全く教えてもらえないままプレイして爆死しました。

 

ところでCoordinationですが、午前中にP5以外の5問は全て得点が確定しており、その時点で7-7-1-7-?-0が確定していました。P3の1点はどうやら、私のラフにあった二つの角が等しいというマークによるものらしく、嬉しいサプライズになりました。

P5のcoordinationにはどの国も時間がかかっていました。イギリスチームもほぼ全員が提出した点数よりも低い点数をcoordinatorから出されており、結局ほぼその通りの点数になってしまったようです。私は雑な記述が災いして6点になり、さらにcoordinationで5点になって帰ってきました。

 

イギリスは晩ごはんまでには全ての点数が決まっていたので、晩ごはんではLeaderとDeputy Leaderがイギリス選手がいるホテルにきて一緒に食事をとることができました。ただLeaderもDeputy Leaderも夜まで採点をして、そこから大変なcoordinationをしていたので、疲れすぎてLeaderがニンジンを切れないという事態が発生しました。

 

切れなかった残念なニンジン

 

なんとcoordinationが午前2時までかかっていた国もあるらしく、メダルのthresholdを決める最終会議は翌日の10時に延期されることになりました。私はというと、ワンチャン金メダルがありそうな位置にいそうだとわかっていたので気が気でなく、結局12時くらいまで寝られませんでした。

 

Day 5:エクスカーション・閉会式

よっぽど気が気でなかったようで、午前5時に起きてしまいました。この時点で全員の得点が確定していたので、人数的に金メダルは私の得点からか、その一点上からだろうとわかりました。より気が気でなくなりました。

 

この日はお昼までエクスカーション、夕方から閉会式の予定でした。まずエクスカーションでは近くのショッピングモールに出かけました。9時半についたのに、モールは10時オープンで横転 この時間にさらに地図に名前を集めました。

 

 

モールの上の階に脱出部屋やゴーカートなどができるところがあったので、イギリスチームで脱出部屋に行ってきました。列車内の殺人事件の犯人の手がかりを探していくというものだったのですが、なかなか難しく脱出に失敗...。でもとても楽しかったです!他にもホラーのもあって、隣からものすごい叫び声が聞こえてきました。

 

ちょうど脱出部屋から出てしばらくモール内を散策して椅子で休憩していたところ、全てのメダルボーダーが決まりました。私はちょうど金メダルボーダーで金メダルが確定し、とてもホッとしました。

ちょうど夕方ごろは道が混雑する時間帯だそうで、それを加味して予定よりもだいぶ早く出発することになってしまい、閉会式に向けて大慌てで準備をして向かいました。閉会式は開会式よりも華やかな装いの人が多い印象で、特にチュニジアや中国などは煌びやかな伝統衣装を着ていてとても可愛かったです!他にも、ラトビアの選手たちはみんなお揃いのワンピースを着ていてとても素敵でした。

 

あんなに早くホテルを出たのに、閉会式は30分遅れて始まったのでちょっと笑ってしまいました。それまでは隣に座っていたJPN1や、後ろにいるイタリアチームとおしゃべりして過ごしました。JPN1や私の他にも、EGOIに出ていた人たちが多く集まっていて懐かしい気持ちになりました。

 

閉会式では、メダルの授与のほか、大会のまとめビデオで思い出を振り返ったり、次の大会開催地であるフランスからのメッセージが届いたりしました。これまでこんなに数学で良い結果を出せたことがなく、運や環境、色々な人のサポートがあってここまで来れたことと最初で最後のEGMOであることに感傷的になっていました。

 

イギリスチームはヨーロッパで5番目、全体10位という良い結果を残すことができ、BMO運営であるUK Maths Trustの方達も喜んでいると聞いてとても嬉しくなりました!

 

Day 6

イギリスチームは午前中の便だったので、朝早くにホテルを出発してあっという間にコソボを去ってしまいました。Day 1などを考えれば随分と前のような気がするのですが、とても最近だったような気もして、楽しいイベントは風のように去っていくものだなあと思うなどしました。

 

EGMOやEGOIではたくさん物をもらうので、荷重制限が奇跡のギリギリを起こしてしまいました。将来のEGMO・EGOI代表の皆さん、荷物は減らしていきましょう。

荷重制限20kgで、実際20kgちょうどでした

あとがき

今回最初で最後のEGMOでは、競技目標としてはメダルを一枚、全体目標としては体調に無理のない範囲でイベントを精一杯楽しむ!というのを掲げていました。そのため問題の内容や難易度の運がよく金メダルを取れたことは予想外の結果で、満足以上に自分が驚いています。また全体目標も、地図には153人の名前を集められたこと、オーストラリアやスイス、ニュージーランドや日本の選手と仲良くなれたこと、UNK1との仲が深まったこと、観光も十分に楽しめたことを考えれば達成できたと思います。

 

最後に、私は数学が好きだった期間が情報よりもかなり長く、ここまできた道のりはさまざまな方の協力や良い環境があってこそでした。小学生の時に数学に興味を持たせてくださった先生、数オリに触れさせてくれた中学の数学研究同好会の同級生や先輩たち、イギリスに来てから自由にオリンピックの数学をさせてくれた数学の先生たち、そして2年前ただ普通の日本人の私にトレーニングをつけてくれたUK Maths Trust(UKMT)、そのほか数学の質問に答えてくださった方など、全ての人に感謝しています。

 

特にUKMTには多大に助けられたと思っており、私に自信をつけてくれたと思います。私が中学校で入った数学研究同好会では、素晴らしい同級生に恵まれました。例えばEGMO日本代表になった人や、中一の時すでに高校物理をやるなど常日頃から新しいことを学んでいた人など、彼らがあまりにも素晴らしすぎて、自分はあまり同好会に貢献出来ていない自覚がありました。

しかし、初めて春合宿でケンブリッジ大学に来た時の感動や、ウェブサイトに名前が載るなどの積み重ねを通して自分に自信をつけてさらに頑張ることが出来ました。初めての春合宿で教えていただいた内容は、TSTや今回のEGMOなどでとても役立っています。

 

イギリスのマスコットたち 右のDuke Dominic IXはチームマスコットなので、次年度のメンバーにメモを入れて渡すのが伝統です

 

また今回のEGMO2025の運営に関わってくださった皆様に感謝します。素晴らしい経験をさせていただきありがとうございました!

 

 

*1:2024年度時点

*2:コソボでは飲み水が飲めないことと、私のお腹が弱いことを考えて